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がんばれスイマー奮闘日誌!!

幼児・小学生コースのコーチ陣によるしゃべり場ブログ。プールでの出来事からプライベートまで日々の気づきを、本音でトーク!!


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縄田の豆知識

馬鹿という言葉があります。ジョークや日常生活でも多用されるこの言葉は、いかにして生まれたのでしょうか。
そして、何故「馬」と「鹿」なのでしょうか。「犬」や「狼」「鳥」でもいいような気がします。
ですが、これにはしっかりとした理由があるのです。
時を遡ること、秦の始皇帝の時代・・・彼の死後、大国秦には2人の強大な権力者がいました。
1人は国政を司る李斯、もう1人は皇帝の側近であり、宦官である趙高です。
当初は協力しあっていた2人ですが、そのうち、趙高が李斯を排除し、自分1人が権力を握ろうと考えました。
皇帝の世話役である趙高は、言葉巧みに李斯を騙し、皇帝の信用を失墜させました。
そして、李斯は趙高の讒言により、粛清されたのです。
皇帝を傀儡にし、実質秦の最高権力者となった趙高は、自分の権力を確かめるために「あること」をしました。
何と、趙高は皇帝に「鹿」を前に、「馬を献上します。」と言ったのです。
すると、たちまち「鹿」を「鹿」と呼ぶものと「馬」と呼ぶものと2つに分かれたのです。
この意図は、自分の言っていることに忠実に従う人物。例え「白」だろうと「黒」だと言える人物。
それを見極めるためのものでした。
それゆえに、「鹿」を正直に「鹿」と答えたものは、趙高の手にかかり、命を絶たれることになったのです。
こうした故事から、馬鹿という言葉が生まれたのです。

しかし、驕れるものも久しからず・・・その趙高も自分が傀儡にしたてようとした秦の三代目の王によって殺されたのです。彼の体は死後にも切りつけられたそうです。
人々の彼に対する恨みは、それこそ骨の髄までだったのではないでしょうか・・・。


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2011/07/17 13:49|縄田TB:0CM:0

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